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プリキュアとモンハンと歌とごはんについて延々と
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あけましたねえ~


朱色です。たいへんご無沙汰しております。つかご無沙汰どころの話じゃねえぞ!毎日凍えてます。ぼーっとしてたらあけてしまいました。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

はてさて、昨年末の話になりますが、当方がボーカルその他諸々をしているうたたねりんご(http://utataneringo.net/)で去年まるまる一年使ってやっていた「悪の三部作」が無事に完結しました。



ワーーーー!!!!!!
もういろいろ大変だったわけですが、とりあえずこれに関する経緯や、なんでそもそもテーマは悪にしたんやとか、歌についてとか、そもそも動画が文字だらけでわかりにくいとか、なんで三曲目だけお前が作曲やってんだとか、色々疑問点があると思います。私はあります。風呂の中で考えていたらいてもたってもいられなくなったので書き始めた次第です。

んで。
そもそも自分たちの作品について言及することがもうマジで苦手+数学と理科は壊滅的ですが国語だけしかどうもまともにできませんでした、の部類なので、解釈的にはいっぱいあったほうが面白いな~と思う方の閲覧はオススメしません。私も自分の中のこの一本筋だけで終わってしまうくらいならと思います。要するに私の中の整理をつけたいだけなので、なにとぞ、何卒!


それでは今年も宜しくお願い致します!




■ なんでそもそもテーマを「悪」にしたのか

ちょうどその頃、「龍が如く」というゲームに惹かれていました。かのタイトルはとても有名ですが、簡単に言うと極道の世界を描くものです。現実世界のそれとはあまりに異なる面もありながら、世間的には「悪」として描かれるものをメインに据えた物語はとても興味深いものでした。ついでに言うと、主人公である桐生一馬のとんでもない人生に「アア…桐生ちゃん…アア…」と慄いていたわけですが、ふとそこで思い立ちました。
「桐生一馬という真っ直ぐすぎるがために意図せず周囲を巻き込んでしまい、それを素直に悲しみながらも生き続けるような人間にも悪というものが当て嵌まるのか?」という考えたところでどうしようもないことです。

で、ちょうどその時期うたたねで次のテーマどうしようか、という話が出ていたので、「じゃあ悪で考えてみたいことがある」と打ち出して、…というような経緯でした。


■ 三つの曲の中の人物と、それぞれの曲について

人物については、大きく二人います。
「殺した男」と「殺された男」です。特に名前もつけていません。AとかBとかでもいい。
あとそれを第三者的に見る大多数の民衆です。

まず一曲目の「友喰いとディスペア」



これは「殺した男」の目線になります。特にCメロ以降が顕著というか、そうなるように書きました。動画部分ではこの先の二つの作品のこともチラつかせていますが、そこはさておき。

「友喰い」という言葉を使ったのは、この「殺した男」と「殺された男」が同じような社会的地位にいたにも関わらず、一方がそれを殺してしまったよ、そして結果的に、それは「殺した男」のディスペア(絶望)を打ち払ってしまったよ、ということを書きたかっただけでした。
この段階ではまだ「ひとりの男が何故か躊躇しながらも、彼がはじめて対面する見るからに汚らしい男を殺した」という事実だけです。


で、二曲目の「like a fiction moster」



この曲と、次の曲の最後に、私の中の「悪」を一番注ぎました(たぶん)
歌い方もそうですが、わざと歌詞と動画の文字表示を全く別のものにしたり、コメントでもありましたが「モノローグ」のように見えるようつとめました(つもり)。何よりタイトルがそのまんまです。気付いた方は握手。

この曲は勿論「殺された男」のモノローグなのですが、冒頭部分などでその男の死を第三者が見たとき、それは果たして本当に彼の救いになり得るのか?という疑問提起も行っています。動画内はもうそれが入り混じってぐちゃぐちゃなので、「混沌としてるなあ…」と編集しながらわけわからんようになってました。

この曲の中で、この「殺された男」が、自分が正義と信じて行った力の行使が、だんだんとその目的を失い、誰かの涙を口実に働くようになり、そこはかとなく歪み、潰れ崩れて、そうしていつか守ったものさえ腐っていってしまう、という絶望に駆られています。私の中の最終的な桐生一馬です。妄想が三回転半を決めています。本編の彼がどうかこんなことにならんようにと願うばかりです。が、そういうことは置いときます。

で、曲・動画の最後で「誰も悪(彼)を救えない」「語り継ぐ人(悪)の歌」で締めています。客観的に「殺された男」の死を見たときには、彼は全く死では救われておらず、その悪は語り継がれていってしまいますよ、また第二第三の「殺された男」が生まれていってしまいますよ、ということを言っているつもり、です。つもり。


そして最後の「identify」です。



この曲のことを色々言う前に、まずひとつ。
昨年末、私は恐らく生まれて物心ついて初めて、縁の近しい人の死というものに立ち会いました。この歳までそれに立ち会うことがなかった、ということは幸せなことだったと思います。ただ、病院にお見舞いにいったとき、母親に「アンタめっちゃ顔白い(顔色悪い)で、大丈夫?」と聞かれたときは自分でもビックリしました。自覚したあとはまともに立っていられず、すぐ病院の外に出ました。そのとき何を考えていたかはあまり覚えていませんが、お葬式のあとに既に曲まで出来上がっていたこの曲に向かって、色んな想いを込めました。

一部歌詞を変えて、メロも少し変えて、コーラスやハモリもはじめ考えていたものよりも増やしました。この曲を自分で作詞して、作曲までしていたのはとても幸運だったというか、他の誰がどんなことを思っても、identifyがこういう形で、去年のうちに発表できてよかった、と思っています。

identifyは、「殺した男」と「殺された男」両方の想いがぎっちり詰まっています。そして、「殺された男」が、「殺した男」の内縁者である、もっと言えば父である、ということにも動画内で間接的に触れています。「殺した男」は「殺された男」と初対面である、と友喰いとディスペアで言っていますが、「理不尽に曲げられた対峙」である、とも言っています。「殺された男」は、「随分と久し振りの対面だった」「こんなに立派になって」と、ちょっとわかりにくいですが動画内で表示しています。多分2サビあたりです。

冒頭で龍が如くについて触れましたが、かの世界でも親殺しは最大のタブーであり、それが、「理不尽」「無知」「せせらわらう」「嗚咽」などに起因しています。

「殺した男」は、それが父親であるとは聞かされていたけれど、実際に対面したことはなく、ただそれを撃つ覚悟を決めてきたつもりでした。ところが実際に対面すると「殺された男」は汚らしく欲望をひたすら曝け出しながら、彼の弾丸を決して拒んだりすることはありませんでした。「殺した男」は、いまこの瞬間すべてが正義なんだと信じて「殺された男」を震えながらも撃ちました。「おわりにしよう」「ああ、そうしよう」そんな会話があったとして、identifyを締めくくっています。


とにかくこの三曲は、一人の男の死についての悪、を描きたかったのでした。


■ 悪ってなんやねんな…

動画の末尾で、「その震えを踏み躙るすべてなど、きっとそれ以上はない悪だ」と書きましたが、とりあえず私の中の悪はそれで完結しました。
自分が信じて一生懸命になってきたものを第三者が「これは違う」と否定するのはものすごく簡単で、嘲ることも、馬鹿にすることもものすごく容易いことです。それがどんなに正論であったとしても、受け入れて咀嚼して、しっかり自分の中に染みこませることは難しいよなー、と思いました。

激情を吐露して、信じたとおりにして、それでもその行為を笑うような連中なんて所詮お前にとっては悪でしかないだろう、というすごく身近な悪の結論になりました。


■ そんなこんなで

この三曲を通じて、色んなものを考えたり、考えなおしたりしました。identifyについては、きっとうたたねっぽくないなーとか、やっぱ硝子先生の曲じゃないと!と思う方もめっちゃいらっしゃると思います(笑)それでおっけーです。私も心底そう思います。ただ、identifyだけは、あの曲で終わらせないといけない、という謎の使命感がありました。いろーんな想いを詰め込んで、あの三曲はできあがりました。たくさんのご視聴、コメント、マイリスト、その他感想などなど、本当にありがとうございました!



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